神経系前駆細胞におけるWntシグナルの役割
平林 祐介、伊藤 靖浩、増山 典久、後藤 由季子
Hirabayashi et al. Development (2004) 131, 2791-2801.
大脳において、神経系前駆細胞はまず胎生早期にある程度自己複製(未分化なまま増殖)し、その後一部が胎生後期にニューロンへと分化し、一部が出生後にグリアへと分化することが知られている。この自己複製から分化へと運命変換するタイミングの調節は、適正な数のニューロンとグリア細胞を産み出すのに非常に重要であるが、その制御メカニズムは殆ど明らかになっていない。今回我々はWntシグナルが神経系前駆細胞の自己複製を阻害し、ニューロン分化を促進することを見いだした。マウス胎児終脳由来神経系前駆細胞においてWnt7aあるいは活性型
-cateninを発現させることによりWnt経路を活性化したところニューロン分化が誘導された。また一方で神経系前駆細胞においてWnt経路を阻害するとニューロン分化が抑制された。発生中のマウス胎児脳に遺伝子を導入する実験から、in
vivoにおいてもWntシグナルによるニューロン分化の促進が起こっていることが示唆された。さらにWntシグナルによるニューロン分化促進メカニズムの一つとして、proneural
basic helix-loop-helix型転写因子neurogenin-1の発現をWnt シグナルが直接制御していることを明らかにした。
最近、発生早期において、Wntシグナルが神経系前駆細胞の自己複製を促進することがいくつかのグループから報告されている。我々はWntシグナルが早期神経系前駆細胞においては自己複製を促進するが、後期神経系前駆細胞においては逆に自己複製を抑制しニューロン分化を促進することを見出した。このことから神経系前駆細胞の同じシグナルに対する応答性の時期依存的な違いが存在し、その応答性のスイッチがニューロン分化のタイミングの決定に貢献していると考えられる。