成体神経幹細胞の起源細胞の発見と展開

前述の成体神経幹細胞は発生の過程でどのように作られるのでしょうか。これまで、成体神経幹細胞の起源となる細胞群は、 胎生期に脳を作り終わったあとに残存する神経幹細胞の一部がランダムに(ニッチによって)選ばれたものと考えられてきました。 しかしながら、我々は、将来脳室下帯の成体神経幹細胞となるべき「起源細胞」が、実は「脳を作っている胎生期神経幹細胞」とは別系譜であり、 発生の早い段階から分裂頻度を低く抑えていることを明らかにしました(Furutachi et al., 2015)。さらに我々は、成体神経幹細胞のみならず、 その起源細胞の分裂頻度を低くする責任因子もp57であることを見つけました。胎生期神経幹細胞でp57を遺伝子破壊したところ、 生後の脳室下帯神経幹細胞がほとんど出来なくなることから、p57が成体神経幹細胞を作る(あるいは維持する)のに必要であることが示唆されました。 従って、p57の発現レベルが上昇し細胞分裂が抑制されることが、成体神経幹細胞の起源細胞を創り出すトリガー(原因)として働く可能性が示唆されました。

我々が発見したこの起源細胞集団は、細胞周期を抑制していることに加え、どのような性質を持ち、 どのようにして胎生期から成体までの長期間維持されるのでしょうか。現在我々は、“オルガネラの違い” “細胞外基質による制御” “ホルモンによる制御” “細胞間相互作用”など、様々な観点からこの細胞集団の特徴を見つけ出しています。このようにして、 成体神経幹細胞の発生起源とその制御メカニズムを明らかにすることを目指しています。


脳室下帯の成体神経幹細胞は、様々なニッチを持つことで維持されています。その一つとして、脳室の壁を構成する上衣細胞が挙げられます。 成体神経幹細胞は上衣細胞により取り囲まれ、シグナルを送り合うことで維持されています。 この上衣細胞は成体神経幹細胞と発生起源を一部ともにすることが近年報告されました。しかしながら、いつ、どこで、 どのようにしてこの二つの系譜が分かれるかは明らかではありません。現在我々は、単一トランスクリプトーム解析および、 分化系譜の追跡(リネージトレーシング)により、この二つの系譜の運命決定が起こる時期やそのメカニズムを探索しています。

成体神経幹細胞とそのニッチが、発生の過程でどのようにして作り出されるかを明らかにすることで、大人の脳においてなぜ限られた領域でのみ ニューロンが新生されるかを理解する一歩になることを期待します。