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生存シグナル伝達
生存シグナルの意義

   1972年に超微形態学的にネクローシスと区別されるアポトーシスという特異な細胞死が発見され、その後、精力的な研究がなされた結果、アポトーシスは細胞のシグナル伝達によって引き起こされる、プログラムされた細胞の自殺であるという概念が確立された。このように細胞死に関する研究が飛躍的に進展したため、細胞の生存はアポトーシスシグナルのON/OFFによって制御され、デフォルト(何もしない状態)で細胞は生きていると思われがちである。しかしながら、細胞は生存シグナルによって能動的に生存が促進されていることが知られている。培養細胞の培養液から血清を除去するとアポトーシスが誘導されることからも、生存状態はデフォルトではないことがわかる。生体内でも生存シグナルが積極的に働く例は数多く挙げられる。例えば、未成熟T細胞は、抗原受容体を介して生存シグナルが活性化しなければデフォルトで死ぬ運命にあるが、自己MHC複合体と抗原受容体が適度な親和性で結合することにより、細胞内の生存シグナルが活性化され、必要なT細胞クローンだけ生き残ることができる。また、赤芽球は毎日大量に生産され、それとほぼ同数がアポトーシスにより除去されるが、急性貧血や低酸素状態により腎組織からエリスロポエチンが誘導されると、エリスロポエチンによって生存シグナルが活性化され、赤血球数の急激な増加が起こる。このように、生存シグナルは個体にとって必要とする細胞を選択的に生存促進させる役割を果たす。

生存シグナルと死シグナル

   生物が発生し生存を維持していくためには、生物の構成因子である細胞の生死が適切に制御される必要がある。“細胞の生存”が個体にとって重要なことはいうまでもないが、その一方で、発生や分化の過程、また新陳代謝や生体防御などにおいてはアポトーシスと呼ばれる“細胞の死”が“個体の生存”に大きく貢献している。
   それでは、実際に個々の細胞はどのようにして自らの生死を決定しているのだろうか。
   細胞の生死は、「生存シグナル伝達」と「死シグナル伝達」 のバランスによって巧妙に制御されている。すなわち、細胞は生存シグナルとアポトーシスシグナルの適度なバランスの上に存在し、どちらか一方にシグナルが傾くことによりその運命を決定する(図A)。一方、この機構に異常が生じると適度な制御のバランスが崩壊し、細胞の癌化や各種疾患を引き起こす。例えば、生存シグナルが異常に活性化すると、DNA損傷を受けた細胞が生き残ってしまい、癌化が起こりやすくなる。また逆に、アポトーシスシグナルが強すぎると、過剰な細胞死を原因とする神経疾患やエイズなどの病気となる(図B,C)。
   我々は、この二つのシグナルのバランスが、どのようなメカニズムによって最終的に細胞の生死を決定するのかを分子レベルで理解することを目指している。


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