発生期における神経幹細胞の分化ポテンシャル制御(背景)

神経幹細胞(神経系前駆細胞)は、様々な種類のニューロンとグリア細胞(アストロサイト、オリゴデンドロサイト)を産み、 脳を構築する元となる細胞である。脳の発生過程において、神経幹細胞がどの細胞を生み出すかは厳密に制御されている。 例えば大脳新皮質の神経幹細胞は、発生の時間経過に従って深層のニューロンから表層のニューロンへと皮質内の配置順序に沿って 次々と産みだすニューロンの種類を変える 。新しく生まれたニューロンはすぐに皮質表面にむかって移動し、 既に生まれたニューロンの層の外側に配置されるというルールがあるために、 神経幹細胞の中の時間情報が、皮質における空間情報に 変換されることになる。従って、「なぜ皮質内でニューロンが整然と層構造を作って 配列しているのか」を知るための手がかりは 「神経幹細胞がいかにして時間情報を適切な運命転換につなげているのか」という問題に少なくとも一部帰着する。

大脳新皮質初期発生モデル図
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また、神経幹細胞はいつでもニューロンを産んでいるわけではない。脳発生の初期においては、神経幹細胞はニューロンもグリアも生み出さず、 ひたすら対称分裂してまず神経幹細胞の数を増やす「増幅期(expansion phase)」を経る (この間の神経幹細胞は神経上皮細胞neuroepithelial cellとも呼ばれる)。 そしてある時期になると神経幹細胞はニューロンを 生み出すようになり、前述のように次々と異なるタイプのニューロンを産む「ニューロン分化期(neurogenic phase)」 (この期間の神経幹細胞は放射状グリアradial gliaとも呼ばれる)。ニューロン分化期における神経幹細胞の多くは非対称分裂し、 神経幹細胞とニューロンをひとつずつ産むことが観察されている。そしてニューロン分化期が終わるとアストロサイトおよび オリゴデンドロサイトというグリア細胞を産む(「グリア分化期」, gliogenic phase)。

それでは、神経幹細胞の中での時間軸に従った運命転換>はどのようにして制御されているのか?

Q. 神経幹細胞の増幅期の長さを決めるメカニズムとは?(いかにして増幅期からニューロン分化期への神経幹細胞の運命転換が起こるのか?)
胎生期における神経幹細胞の数は、脳の大きさを決定する非常に大きな要素である。例えばマウスの神経幹細胞増幅期は2-3日なのに対して、 ヒトの増幅期は2ヶ月以上である。さらにヒトの大脳新皮質には増幅能の高い神経幹細胞の集団がニューロン分化期が始まっても維持されており さらなる皮質の拡大に貢献している。そこで、神経幹細胞の増幅期からニューロン分化期への転換機構の理解は、 ヒトをヒトたらしめている進化の謎を知るひとつの手がかりになると言える。
Q. ニューロン分化期内での秩序だったニューロンサブタイプの転換はどうやって起こるのか?ニューロン分化期からグリア分化期への転換のメカニズムは?
神経幹細胞が発生時間に従って順々に運命を転換するメカニズムについては、 ポリコーム群タンパク質が大きな役割を果たしていることを我々は報告している (Hirabayashi et al. 2009; Morimoto-Suzki et al. 2014; Tsuboi et al. 2018など)。ポリコーム群タンパク質による 幹細胞の運命制御は神経系にとどまらず、ほぼ全ての幹細胞運命制御に関わるため、その「なぜ一部の分化運命だけが選択的にオンオフされるのか」 は幹細胞の理解において非常に重要なポイントである。 (ポリコーム群タンパク質による神経幹細胞の運命制御) (HMGAタンパク質による神経幹細胞の運命制御)
Q. 時間情報はいかにして神経幹細胞の運命転換に反映するのか?分裂回数をカウントしているのか、あるいは時間の長さそのものを計っているのか。
Q. 神経幹細胞の非対称分裂はどのように制御されているのか? (Dllによる神経幹細胞分裂時における非対称な運命決定の制御)
Q. 幹細胞の運命はどのくらい細胞自律的に決まり、どのくらい細胞外からのシグナルに依存するのか? 増殖あるいは特定の分化を誘導するニッチは?

いずれも脳組織形成の重要な問題であり、当研究室ではこれらを解き明かすべく取り組んでいる。




発生期における神経幹細胞の分化ポテンシャル制御(背景)     
(1)神経幹細胞の増殖期からニューロン分化期への転換
(2)神経幹細胞のニューロン分化期内、およびニューロン分化期からグリア分化期への転換
(3)ポリコーム群タンパク質、HMGAタンパク質による幹細胞運命転換   
(4)分化したニューロンが移動を開始するメカニズム
(5)アストロサイトの多様性と分化制御
(6)大脳領野形成機構